アナザーラウンド (2020)

中年の危機を描いた映画や小説はたくさんあって、2021年度アカデミー国際長編映画賞を受賞した「アナザーラウンド」はそんな映画のひとつである。

 

主演はデンマークの至宝ことマッツ・ミケルセン。マッツが演じるのは学校でも家庭でもうまくいかない冴えない高校教師。マッツはそのルックスに反して、こういう役ばかりやりたがる。一番合っているクールなイケメンの役とか絶対にやらない。結果として、ふだんはがんばって冴えない感じを出しているのだが、ひとたびスーツを着ると只者じゃない感が出まくってしまうのであった。

 

そんなマッツは三人の同僚教師とともに酒を飲むことでテンションを上げるという実験を始める。すると学校の授業では生徒たちに笑顔があふれ、家庭ではずっとぎくしゃくしてた妻から「あなたステキ」なんて言われてしまうのだった。そこでもっとステキになるために酒量を増やし始め…という話。

 

この映画の一番新しい部分は、アルコールに対して善悪の判断を保留しているところだ。アルコールを扱った映画は、まず「失われた週末」とか「酒と薔薇の日々」とか、アルコールがいかに恐ろしいものかということを説くところから始まった。ところがそのあとに麻薬というアルコールなんて比べ物にならない脅威が出てきたため、恐ろしさを喧伝する役割はそっちの方に行って、アル中というものはむしろロマンチックなイメージをまとってくる。「リービング・ラスベガス」がその最たるものだ。しかしいくらロマンチックでも、それは滅びゆくもののロマンティシズムであって、結局のところアルコールは良くないですね、という考え方は変わらないのであった。

 

「アナザーラウンド」では、アルコールに対してひとつの価値観を押しつけていない。アルコールはときに人を助け、ときに人を滅ぼすものである、という複眼的な見方を取っている。これは新しい。ただ、結局のところアルコールは何かを解決することはできない。マッツたちがアルコールに頼ったのは、人が飲酒に求めるふたつの性質による。ひとつはピアプレッシャーだ。高校生たちの飲酒は主にこれによるものだ。酒を飲むことで仲間の絆を再確認する、というか飲まないと仲間から排除されるのではないかという恐怖から人は酒を飲む。もうひとつは他者からの評価に対する怯えだ。高校の教師というのは、言ってみれば最もわかりやすい形で他者(生徒)からの評価にさらされている職業である。だから他者に対する自分をとりつくろうために酒を飲む。でもそれはマッツが一番大切に思っていた妻との関係にはあまり意味がなかった。妻に対しては素面で自分の言葉を伝えねばならなかったのである。

 

アレクサンダー・ペインの映画が好きな人はこの映画も気に入るだろう。結構ほろ苦いのだが、主演がかっこよすぎてそんなにつらくないという意味では「ファミリーツリー」に似ているかもしれない。